「怒る」と「叱る」の違いは重要じゃありません。大切なのは“本気でぶつかる”ということ。

 

怒るのも叱るのも本気が大事

「叱る」と「怒る」の違いがよく話題にされます。
インターネット上でも解説されています。

たとえば感情的でないのが「叱る」で、感情的なのが「怒る」だとか。
あるいは「怒る」のは自分のため、「叱る」のは相手のためとか。
叱っているうちについついボルテージが上がってきて
怒ってしまうこともありますけれどもね・・・


一般的には「叱る」がよくて
「怒る」はよくないイメージがあります。

 

けれども私は「怒る」って、とても大事なことだと思っています。
そして怒るからには本気で怒らなければいけない、
そういう子育ての時期があると考えています。

さらに、その「怒る」役割はお父さんに求められているのではないかと思います。


もちろん、事情があって
お父さんがいらっしゃらないケースもあるでしょう。
その場合は、お母さんの特性を活かしていくほかありませんが、
無理してお父さんの役割を果たそうとするよりも
身近な人にお父さんの役割を果たしてもらえるよう
お願いしてみることがあってもよいのではないでしょうか。


「怒る」は感情的になって、
自分の気持ちをぶつけるということです。
それは、親として、あなたに良くなって欲しいという素直な気持ちの表れです。
こんなことをしていたら人に迷惑をかける
かけないような人間にするためには
ここで怒っておかなければいけないという切羽詰まった思いで「怒る」のです。


一度でも本気で怒られた経験を持っていれば
それが自分の行動を律していくときの
ある種の壁のようなものになっていきます。
その壁が、やってはいけないことにブレーキをかけてくれます。


問題は、感情的であるかないか、怒っているか叱っているか、
と区別することではなく
なんのために怒るのかということです。

その目的が親の側で明確にあれば、
「叱る」でも「怒る」でもどちらでもいいと思います。
そんな区別とは関係なしに、
子どもに思いは伝わっていくのではないでしょうか。


子どもの行動を見て、
その行動が社会を生きていくうえで
周囲の人たちに迷惑をかけるものであると推察できる場合や
心地よさへとつながらないことだと判断できるなら
親がメッセージを送らねばなりません。

私は、教育現場の現状や、社会を震撼させるような事件の報道を見ながら
今後はまちがいなく子どもの行動の結果について
家庭にその責任を求められる時代がくると思っています。



yamamurasensei

山村 達夫

㈻まこと幼稚園理事長・園長
社会福祉法人藹藹会理事長
福島学院大学福祉心理学部非常勤講師。

大学を卒業後、大学勤務を経て幼稚園の運営に携わる。30歳の時に幼稚園長に就任。35歳の時に社会福祉法人を設立し障害者施設、保育所を設置、現在に至る。教育と福祉を基盤に、実践に裏付けされた臨床的教育研究を行っている。また、障がい者施設・保育園の運営に携わっている。主な著書に、絵本「フィリーがドキドキした夜のこと」(随想舎)、「0歳からのことば育てと子どもの自立」(共著:合同出版)など。